大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 平成6年(ワ)179号 判決 1998年3月13日

主文

一  被告は、原告甲野春子に対し金六一六七万二六一二円、原告甲野太郎及び同甲野花子に対し各金四九八万円、並びに、これらに対する昭和六〇年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  請求原因1及び3の事実並びに同2の事実のうち、原告春子が本件予防接種を受けた後、発熱、けいれん等があったこと及び現在心身に障害があることは当事者間に争いがない。

《証拠略》によれば、原告春子は昭和六〇年一一月二四日に意識障害、けいれん発作、発熱、嘔吐等の症状をきたして発症し、現在、社会生活能力は一歳二箇月の幼児程度にまで低下し、頻繁にけいれん発作を起こす状態であることが認められる。

第二  請求原因4(一)(被告の故意責任)について

被告に本件事故の発生について故意(未必の故意)があったことを認めるに足りる的確な証拠はなく、この点に関する原告らの主張は失当である。

第三  請求原因4(二)(接種担当者の過失による国家賠償法一条の責任)について

一  禁忌者該当の推定について

1  原告春子の後遺障害が本件予防接種に起因するものであることは右のとおり当事者間に争いがない。

そうすると、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である(最高裁第二小法廷平成三年四月一九日判決・民集四五巻四号三六七頁、なお同判決は痘そうの予防接種の事案に関するもので、かつ昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の予防接種実施規則(昭和三三年厚生省令第二七号)四条に関するものではあるが、右説示の趣旨は本件予防接種にも妥当するというべきである。)。

2  そこで、本件において、原告春子が禁忌者に該当したといえるか否かを判断するに当たって、右にいう特段の事情が認められるか否かについて検討する。

(一) 禁忌事項設定の意義

本件で接種されたインフルエンザワクチンを含め、予防接種に使用されるワクチンは、弱毒化又は不活性化されているとはいえ、本来人体にとって異物であり、毒素であるから、その性質上多少の危険を内包しており、注射部位の発赤程度はその副反応として許容されるべきものであるが、稀に異常な副反応として被接種者の死亡や重篤な後遺障害が生じることがあるとされる。そこで、異常な副反応を起こすことが予測される者を選び出すために予防接種の禁忌事項が定められている。

(二) 本件予防接種時には、旧実施規則の適用があり、その四条で禁忌事項が次のように定められていた。

第四条 接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りでない。

(1) 発熱している者又は著しい栄養障害者

(2) 心臓血管系疾患、腎臓疾患又は肝臓疾患にかかっている者で、当該疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるもの

(3) 接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

(4) 接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者

(5) 接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

(6) 妊娠していることが明らかな者

(7) 痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎、麻しん若しくは風しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

(8) 急性灰白髄炎の予防接種については、第一号から第六号(右(1)から(6)、以下同じ。)までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘若しくは麻しん若しくは風しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

(9) 麻しんの予防接種については、第一号から第六号までに掲げる者のほか、種痘又は急性灰白髄炎若しくは風しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

(10) 風しんの予防接種については、第一号から第六号までに掲げる者のほか、種痘又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

(11) 前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者

右規定は、右(1)ないし(11)に該当する者を禁忌者とし、接種担当者に対し禁忌者に該当すると認められる者に対して予防接種を行ってはならないと定めており、接種担当者の禁忌者識別義務を定めるとともに、禁忌者識別の手段として、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法による予診義務を規定したものと解される。

(三) 旧実施規則四条を受けた「予防接種の実施について」(昭和五六年八月一日衛発第六五七号厚生省公衆衛生局長通知)に添附の別紙「予防接種実施要領」の「第一共通的事項」には予防接種の実施方法、予診及び禁忌等について次のように定められていた。

「6 実施計画の作成

予防接種の実施計画の作成に当たっては、地域医師会等と十分協議するものとし、特に個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置を考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員が種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度となることを目安として計画することが望ましいこと。

なお、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な場合の一般的な処理方針等についてもあらかじめ決定しておくことが望ましいこと。

7 予防接種の実施に従事する者

(1) 接種を行う者は、医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には、医師を中心とし、これに看護婦、保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し、それぞれの処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと。

(2) 都道府県知事又は市町村長は、予防接種の実施に当たっては、あらかじめ予防接種の実施に従事する者、特に医師に対して、実施計画の大要を説明し、予防接種の種類、対象、関係法令等を熟知させること。

(3) 班を編成して実施する際には、班の中心となる医師は、あらかじめ班員の分担となる業務について必要な指示及び注意を行い、各班員は指示された事項以外は独断で行わないようにすること。

8 (内容省略)

9 予診及び禁忌

(1) 接種前に必ず予診を行うものとし、問診については、あらかじめ問診票を配布し、各項目について記載の上、これを接種の際に持参するよう指導すること。

(2) 体温はできるだけ自宅において測定し、問診票に記載するよう指導すること。

(3) 予診の結果異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は接種を行わず、必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること。

(4) 禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。

例えば、インフルエンザHAワクチンについては、鶏卵成分に対しアレルギー反応を呈したことのある者に特に注意し、また、百日せきワクチンを含むワクチンについては、けいれんの症状を呈したことのある者に特に注意する必要があること。

(5) 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所において禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物を配布して、接種対象者から健康状態、既往症等の申出をさせる等の措置をとり、禁忌の発見を容易にすること。」

右定めは、前記旧実施規則四条の規定の趣旨を補充するものであり、予診について前記各予診方法のうち、問診及び視診を第一段階のものと位置づけていると解される。

(四) 「予防接種の手びき」、「日本のワクチン」によれば、予防接種の禁忌を識別するための予診に際して医師が考慮すべき項目は以下のものとされている。

(1) 年齢(職業)

(2) 現在の疾病の有無

<1> 急性疾患

<2> 慢性疾患

<3> ステロイド剤、免疫抑制剤などの治療

(3) 既往歴(とくに重要なもの)

<1> 出生時の状態

<2> 神経系疾患(とくにけいれんの既往)

(4) アレルギー

<1> 特異的アレルギー

<2> 一般的アレルギー性疾患

<3> 湿疹

(5) 予防接種歴及びその際の副反応

(6) 家族歴

<1> とくにアレルギー性家系、遺伝性神経疾患

<2> 現在感染症(とくに小児の伝染病)にかかっているものの有無

<3> 家庭内の湿疹患者

(7) 妊娠の有無

(五) 本件予防接種の状況

(1) 《証拠略》によれば、本件予防接種の実施に至る経緯として以下の事実が認められる。

福岡県知事は、インフルエンザのまん延予防の必要を認め、厚生省保健医療局長に対し、昭和六〇年度のインフルエンザの臨時予防接種(根拠は法六条の一般的な臨時の予防接種であり、被告の機関委任事務として市町村長が実施するものに該当する。)の実施につき協議したところ、同局長から実施して差し支えない旨の回答を得た。そこで、同知事は昭和六〇年度のインフルエンザ臨時予防接種を実施すること及び当該予防接種を各市町村長に行わせることを決定の上、同年九月一七日付け福岡県知事通知ないし福岡県教育委員会教育長通知をもって、県下各市町村長に対し、予防接種の実施方を通知した。

右通知を受けた北九州市長は同市においてもインフルエンザの臨時予防接種を実施すべく、同知事から示された実施要領に基づき以下のとおりの措置をとった。

すなわち、右実施要領によれば接種対象者が保育所、幼稚園、小学校及び中学校等の園児、児童、生徒とされていたため、同年九月二四日付けで衛生局長名で教育長、区教育相談室長及び小中学校長等に対しインフルエンザ予防接種に対する協力を依頼し、同年一〇月には担任教師(保母)あての「インフルエンザ予防接種の「お知らせ」及び「問診票」の取扱いについてお願い」、保護者あての「インフルエンザ予防接種のお知らせ」、第一回目及び本件予防接種の「インフルエンザ予防接種問診票」を保健所を通じて管内の小中学校長等あてに配布した。また、北九州市長は同年四月一日、北九州市医師会との間で予防接種業務に関する委託契約を締結し、さらに同医師会との協議により、昭和六〇年度の予防接種実施上の必要事項、日時及び場所を決定し、北九州医師会長は同年一〇月二一日、同医師会所属会員に対し「昭和六〇年度インフルエンザ予防接種の実施について」と題する書面を配布し、インフルエンザ予防接種の実施につき協力を要請した(なお、同書面には禁忌に関し、旧実施規則四条の規定に基づくとともに、鶏卵アレルギー体質の者には特別の注意を払うこと及び北九州市予防接種禁忌事項基準に留意することが明記され、また集団接種時に接種を受けられなかった者等は開業医の下で無料で予防接種を受けられるものとされていた。)。

(2) 次に《証拠略》によれば、第一回目及び本件予防接種の実施体制につき以下の事実が認められる。

<1> 実施日時及び実施場所

昭和六〇年一一月一一日(第一回目)及び同年一一月一八日(本件予防接種)に、原告春子が二年一組に在学する北九州市立高槻小学校体育館で実施し、いずれも午後一時三〇分頃から受付を開始し、午後三時頃に接種を終了した。

<2> 担当医師及び補助者

ア 第一回目(昭和六〇年一一月一一日)

担当医師 築城宏徳医師(高槻小学校校医)、石井一忠医師、峯崎仁医師

補助者 石丸美智子看護婦、日置元子看護婦

事務担当 村上喜代子

このうち、原告春子に対する予診は石井医師が、接種は峯崎医師がそれぞれ担当した。

イ 第二回目(同月一八日、本件予防接種)

担当医師 築城宏徳医師、石井一忠医師、松島敬幸医師

補助者 石丸美智子看護婦、日置元子看護婦

事務担当 松崎節子

このうち、原告春子に対する予診は築城医師が、接種は松島医師がそれぞれ担当した。なお、担当医師はいずれも北九州市から前記依頼を受けた北九州市八幡医師会所属医師であり、各予防接種には高槻小学校養護教諭秋吉恵美香(以下「秋吉」という。)及び各学級の担任教諭(原告春子の場合は二年一組担任山崎知子教諭、以下「山崎」という。)が立ち会った。

<3> 接種児童数(高槻小学校の全在校児童数は五八四人)

第一回目 四九〇人(他に接種不可とされた者が四〇人内外いた。)

第二回目 四二九人(他に接種不可とされた者が三九人内外いた。《証拠略》には、接種者について四五〇人と記載されているが、採用しない。)

(3) 第一回目及び本件予防接種の実施経過(特に指摘しない場合は、第一、二回とも同じ)

<1> 保護者への「お知らせ」及び問診票の配布

秋吉は、接種日三日前の金曜日の朝の職員朝礼会において、各学級の担任教諭に保護者あての「インフルエンザ予防接種のお知らせ」及び「インフルエンザ予防接種問診票」を交付し、各学級の児童への配布を指示した(ただし第二回目の問診票は第一回目の接種終了者にのみ配布することを指示した。)。

これに対し、担任教諭は交付を受けた右文書を児童に対し配布し、問診票には接種当日の朝の体温の記載と押印の漏れがないようにして、接種当日に持参するように指示した。

<2> 秋吉は、接種当日の職員朝礼会において、各担任教諭に対し、予防接種実施上の留意事項の伝達をするとともに、問診票の点検を依頼した。

<3> 担任教諭による健康観察の実施

担任教諭は、接種当日の朝、授業開始前に児童の出欠の点呼と同時に当日の体調を聞き、児童の訴えを健康観察簿に記録する健康観察を実施した(なお、この健康観察は毎朝実施されていた。)。

<4> 問診票の点検

担任教諭は、当日の授業開始前に問診票を回収し、記載内容を調査して、記載事項に記入漏れや押印漏れ等の不備があるものについては、保護者に学校へ出向いてもらい、加筆・修正を依頼し、右事項の確認作業を行った。

(4) 接種会場における接種過程(前記(3)の括弧書と同じ)

各学級の担任教諭は、児童を引率して接種会場に出向き、児童を整列させた上、先に回収した問診票を児童各自に渡し、接種の順番が来るまで待機させた。

<1> 予診

予診担当医師は児童から問診票を受け取り、児童の顔色を診る等の視診を行った上、右問診票の記載内容を調査・確認し、必要に応じて立会いの担任教諭に口頭質問を行う等した上で、接種の適否を判定した。また、担任教諭は、同医師の横に立って、同医師からの質問に対して十分に返答できない児童に聞き返したり、知っていることを代わりに答える等、同医師に対する児童の応答を補助していた。

この際、同医師は、問診票に少しでも接種に適しない記載がある場合や担任教諭から体調不良の申出があった場合には、原則として当日の接種は見送り、かかりつけ医師のところで改めて予防接種を受けるように指導した(なお、本件予防接種は第二回目の問診票のみを使用して予診を行った。)。

<2> 接種部位の消毒

消毒担当の看護婦は、整列している接種可と判定された児童の上腕伸側の接種部位を消毒した。

<3> 接種

接種担当医師は、接種を可と判定された児童に対し、顔色等に異常がないことを確認した上、規定量のインフルエンザワクチンを皮下に注射した(なお、接種担当医師の判断で接種不可とされることはほとんどなかった。)。

接種当日には看護婦が前記「北九州市予防接種禁忌事項基準」を接種会場に持参し、医師の手元に置いていた。

<4> 接種後の注意等

担任教諭は、下校前のホームルームの時間に過激な運動や入浴を避ける等の接種後の注意事項について指導した。

<5> 接種終了の確認

接種終了後、校医である築城医師は約三〇分間学校に残って、異常を訴える児童がいないことを確認した。

(5) 原告春子に対する接種状況

《証拠略》によれば、原告春子に対する接種状況につき以下の事実が認められる。

原告春子は、二年一組の級友とともに第一回目及び本件予防接種を受けた。

原告春子は、生後一箇月に顔面湿疹、生後四箇月健診で脊椎後湾、生後一〇箇月頃に中耳炎に罹患し、一歳六箇月健診で身体的発育異常、要観察(小柄、やせすぎ)、三歳児健診で下垂体性発育障害疑とされ、昭和六〇年春頃にアレルギー性鼻炎に罹患した(なお、平成六年頃原告春子の姉はアトピー性皮膚炎と診断された。また、原告春子は、昭和五三年一〇月及び同五四年四月に急性灰白髄炎、昭和五四年五月に麻しん、昭和五五年六月、七月、同五七年一月に百日せき、ジフテリア、破傷風の三種混合、同五七年五月に日本脳炎の各予防接種を受けたが、接種後に異常はなかった。)。そして、本件予防接種前には、山崎により登校日に毎朝行われた健康観察において別紙一記載のとおり喉の痛みを訴えていた。しかしながら、原告太郎及び同花子が記載し学校に提出した問診票には、第一回目及び本件予防接種とも問診事項のすべてにつき問題がない旨記載され、第一回目の予防接種の問診票中「その他健康状態について、特に気づいたことがあれば書いてください。」との欄にも特段の記載がなく、体温についても第一回目が三六度二分、第二回目が三六度三分と記載され、いずれも異常を窺わせる記載がなかった。

また、第一回目及び第二回目とも、接種当日の朝実施された健康観察においては特段異常を訴えることはなく、接種会場においても予診担当医の視診において格別の異常は認められなかった。また、立ち会っていた担任教諭も特段の申出をしなかったことから、原告春子は接種可のグループに区分され、同グループの級友とともに第一回目及び本件予防接種を受けた。

3  以上によれば、原告太郎及び同花子には、第一回目の予防接種及び本件予防接種の三日前にそれぞれ禁忌を含む注意事項を記載した「インフルエンザ予防接種のお知らせ」及び問診票が配布されたのみで、それ以上に禁忌についての注意がなされたとは認められない。また、本件予防接種においては、午後一時三〇分から午後三時までの約一時間三〇分(なお、乙第四七号証には接種時間六〇分との記載がある。)の間に四六八人内外の児童を対象に予診と接種を行っている。これは、前記予防接種実施要領の定め(予診の時間を含めて一班が一時間に対象とする人員が、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度)を大きく上回る人数に対して予診と接種を行っているもので、平均すると児童一人当たり二三秒程度にすぎない(《証拠略》によれば当時予診医師二人、接種医師一人の態勢であった。ちなみに、第一回目の予防接種については同じ接種時間で接種対象児童数は五三〇人内外とされ、予診と接種にかけた時間はさらに短い。)。これは、接種に要した時間を含むばかりか、児童の移動時間、問診票の記載を確認する時間が含まれ、さらには問診票に異常を窺わせる記載があったり、立会いの担任教諭が健康状態の異常を申告した児童については、これらの事情がない児童よりも多くの時間がかけられたものと考えられるから、これらの事情がなかったとされた原告春子に対する予診時間はこれより当然短かったことは容易に推認することができる。そして、原告春子は、前記認定のとおり昭和六〇年春頃からアレルギー性鼻炎に罹患していた上に、第一回目及び本件予防接種の前後には学級での健康観察において喉の痛みを訴えていたのであり、これらの接種当日は喉の痛みを訴えていないものの、その前後の状況及び接種当日に働く子供の心理を考慮すれば、接種当日に喉の痛みが治癒していなかったものと認められる。

以上説示したところに照らせば、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたとは到底認められず、また、原告春子が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたとの主張立証はない。したがって、原告春子については前記の特段の事情があったとは認められず、本件予防接種時において禁忌者に該当していたものと推定するのが相当である。

二  接種担当者の過失

1  次に、接種担当者において、十分な予診を行わなかったために原告春子が禁忌者であることを看過して本件予防接種に及んだ過失があるか否かについて検討する。

2  インフルエンザ予防接種担当者の過失については、判例として、最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決・民集三〇巻八号八一六頁があり、当裁判所も右判例の趣旨にのっとり以下検討することとする。

そこで、検討するに、前記のとおり原告春子に要した予診の時間は極めて短かったものと認められ、本件予防接種の予診を担当した築城医師も「予診は、整列した各児童の順に、顔色をみるなどの視診をした上、児童から提出された問診票に基づき、当日の体調などを尋ねたりしましたが、聴診、打診は実施していません。」、「これらの疾患(昭和六〇年春頃よりアレルギー性鼻炎、本件予防接種前に喉痛)については、問診票に記載もなく、本人、担任の先生などからの訴えもなかったと思います。」と供述している上に(第一回目の予防接種における予診についても、本件予防接種以上に詳細な予診がなされたと認めるに足りる証拠がないので、本件予防接種と同様であったと考えられる。)、秋吉作成のメモにも、予診は問診票に特別の記載がない場合はほとんどすぐに終わるのが現状であった旨記載されていることからすれば、問診票に異常を窺わせる記載がなく、その上接種当日は健康観察において喉の痛みを訴えていなかった原告春子については、視診のほか問診を行ったとは認められないし、立ち会っていた山崎に対し原告春子の健康状態を尋ねた事実も認められず、単に視診のみで接種を実施したものといわざるを得ない。しかも、予診を担当する医師は、学校における集団接種においては、児童の保護者は付添をしていないのであるから、接種時に立ち会う担任教諭及び養護教諭に対し、接種前にあらかじめ、児童の健康状態に関して知っている事実があれば、個々的に医師に申告するよう指示しておくべきであるというべきところ、そのような指示がされた事実は認められない。そして、前記のとおり山崎は接種に立ち会って、担当医師の問診を補助していたもので、接種担当者の補助者と認められるが、《証拠略》によれば原告春子が喉の痛みを高槻小学校の朝の点呼の際に実施される健康観察において、別紙一記載のとおり第一回目の予防接種前の一一月五日、六日、七日、九日並びに、本件予防接種前の一二日、一三日、一四日、一五日、一六日に訴えており、山崎は右事実を知っていたにもかかわらず、「予防接種当日の健康観察では、喉の(痛みの)訴えもなかったことから、医師には何も言っていないと思います。」旨供述しており、同人は予診の際にかかる事実を担当医師に告げていないことが認められる。しかるところ、築城医師は「これらの症状が判明していれば、私の場合、当時の判断としては、安全志向から接種を見送っただろうと思います。(中略)問診票、本人、担任の先生などからそのような訴えがなかったため、接種を行ったと思います。」と供述しており、山崎が原告春子の連日の喉の痛みを担当医に告げなかった事実は担当医師の禁忌看過を助長したことは否定できない。とすれば、本件予防接種において担当医師は、原告春子に本件予防接種を実施するに当たり、禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかったため、その識別判断を誤って本件予防接種をしたことになるから、接種担当者は本件予防接種に際し原告春子の後遺症の結果を予見し得たものであるのに過誤により予見しなかったものと推定するのが相当である。そして、《証拠略》によればインフルエンザ予防接種によって急性脳症や脳炎、てんかんといった重篤な後遺症が発症することは一般に知られていたところであったし、原告春子の後遺障害の発症の蓋然性が著しく低く、医学上、当該具体的結果発生を否定的に予測するのが通常であったとは言えない。また、本件全証拠によっても、本件予防接種当時の原告春子の身体状況から特にインフルエンザの予防接種を実施する必要があったことを認めるに足りる証拠はなく、その他原告春子に対する本件予防接種実施の具体的必要性と予防接種危険性の比較衝量上接種が相当であったことを認めるに足りる証拠もない。

よって、接種担当者に禁忌看過の過失が認められる。

三  損害について

1  原告らは、本件においては損害額について包括請求を認めるべきであると主張するが、原告が多数でしかも被害態様も多様なため個別損害立証が困難な事情の存する集団訴訟であればともかく、本件においては原告は三名にすぎず、集団訴訟のように個別損害立証が困難であるといった事情が何ら認められないのであるから、包括して損害額を算定するのは相当ではない。

そこで、以下原告らの損害を個別に算定することとする。

2  逸失利益

《証拠略》によれば、原告春子の現在の病状につき以下の事実が認められる。

原告春子は、現在、一九歳であるが、刺激に対してはある程度反応するものの、身辺自立、移動、作業、意志交換、集団参加、自己統制といった社会生活能力は一歳二箇月の幼児程度で、言葉を発したり字を書いたりすることができず、意思の疎通を全く欠き、しかも頻繁にけいれん発作を起こす状態で、自らの意思で日常生活を営むことは全くできない。したがって、入浴や排泄の世話等、日常生活を送るについても、周囲の不断の介護が必要であり、右介護も意思疎通を欠いているために著しく困難な状況にある(なお、原告春子は、現在乙山学園に入所しており、月に二回原告太郎が送り迎えするという生活である。)。

以上の事実に照らすと、労働能力喪失率は一〇〇パーセントであると認めるのが相当である。そして、原告春子は本件予防接種による事故にあわなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であり、その間少なくとも、毎年三三五万一五〇〇円(当裁判所に顕著である平成八年度賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計中の女子労働者(全年齢)の平均給与額、なお、一円未満は切り捨てる。以下同じ。)の収入を取得することができたにもかかわらず、これを喪失したものと認められる。そこで、右額を基礎として、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、本件予防接種時の得べかりし現価を計算すると、次のとおり金三五六〇万二三一四円となる。

(計算式)

三三五万一五〇〇円×(一八・九二九二-八・三〇六四)=三五六〇万二三一四円

これに対し、原告らは男女間で格差を設けるのは許されないとして全労働者平均賃金を算定基準とすべきであると主張するが、賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は現実の賃金の実態を反映していると認められるところ、女子の逸失利益の算定に当たって、右格差の解消ないし縮小という事態が生じるか否かは予測困難であるから、女子労働者の全年齢平均賃金額を算定基準としても何ら不合理とはいえず、右主張は採用できない(最高裁昭和六一年一一月四日第三小法廷判決・裁判集民事一四九号七一頁、同昭和六二年一月一九日第二小法廷判決・民集四一巻一号一頁参照)。また、原告らは将来の賃金上昇及び物価上昇を考慮した算定方法をとるべきであると主張するが、右のとおり本件口頭弁論終結時に近い平成八年度賃金センサスに依拠すれば足り、不確実な要素の残る右事情を考慮すべきではないから、右主張は採用できない。

3  介護料

前記認定の原告春子の介護の状況に照らすと、本件予防接種による発症後今日に至るまではもちろん、今後死亡するまでその生涯にわたり全面的に介護を要するものと認められ、要介護期間は、原告春子の本件予防接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間(当裁判所に顕著な平成八年簡易生命表によることとする。)に一致すると認めるのが相当である。そうすると、原告春子の介護料は介護の開始時点から本件口頭弁論終結時である平成九年の満年齢時までは、年に一二〇万円を要したと認めるのが相当である。そして、介護のための労苦は原告春子の両親である原告太郎及び同花子が歳を重ね体力が衰えることによってむしろ増大するものと認められ、平成九年の満年齢時以降の期間については、年に一八〇万円を要すると認めるのが相当である。これらの金額を基礎として、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して右要介護期間の介護料相当額の本件予防接種時における現価を求めると、次のとおり金二九八四万一一二〇円となる。

(計算式)

一二〇万円×八・八六三二+一八〇万円×(一九・五三二八-八・八六三二)=二九八四万一一二〇円

4  慰謝料

原告春子は本件予防接種により重度の障害を負う結果となり、大半の社会生活能力が失われたのであり、その精神的苦痛は多大なものであると認められる。よって、原告春子の精神的苦痛の慰謝料は、金一八〇〇万円をもって相当と認める。

また、原告太郎及び同花子も現在原告春子が施設に入所しているとはいえ、将来にわたって原告春子に対する全面的な介護を余儀なくされるのであり、その精神的苦痛もまた多大なものと認められる。よって、原告太郎及び同花子の精神的苦痛の慰謝料は、各金五〇〇万円をもって相当と認める。

5  過失相殺による減額(抗弁1)

被告は、原告春子がアレルギー性鼻炎に罹患していたこと及び本件予防接種前に喉の痛みを訴えていたことを看過し、原告春子の健康状態に十分留意することなく、かかる事実を問診票に記載しなかった点で原告太郎及び同花子に過失があるとして、過失相殺による減額を主張する。

「予防接種問診票の活用等について」(昭和四五年一一月三〇日衛発第八五〇号厚生省公衆衛生局長・厚生省児童家庭局長通知)によれば、「予防接種の実施にあたっては、保護者の十分な理解と協力を得ることが望まれるので、母親学級等を通じ、問診票の趣旨、内容を徹底する等、予防接種に関する知識の普及を図るはもちろん、予防接種の実施にあたっては、医師の行なう健康状態の把握のみならず、母親による被接種者の平常の健康状態についての積極的な申出等が必要とされるものであることを徹底するよう配意されたい。」とあり、「予防接種の手びき」(昭和五八年発行)によれば、「予防接種を受けようとしている小児が、禁忌に該当していないか、接種を行うのに適当な状況にあるかどうかの判断を下す場合、もっとも重要な資料となるのは既往歴を中心とした健康状態の把握であるが、これには保護者の申し出に頼らざるをえない部分が多いので、問診票の利用がすすめられる。」とあり、さらに「新・予防接種の手帖」(昭和五三年発行)によれば、「お母さんは日ごろからその子の体質、からだの調子、健康状態に気をつけている必要があります。(中略)問診票は、あらかじめお母さんが自分の子どもの健康状態を記録していき、予防接種を受ける前の診察の助けとするものです。」とある。このように、集団予防接種においては、保護者が被接種者である子供の健康状態を正確に把握し、何らかの異常が認められればそれを問診票に記載することによって接種担当者の予診に協力することが期待されていることは否定できず、これによって、より高い精度で禁忌者を識別し、副反応事故を回避することが容易になり得るのであり、仮にこれを怠り問診票の記載が不適切な場合は過失相殺の対象になる場合があるというべきである。

そこで本件予防接種当時原告太郎及び同花子において、前認定の原告春子の各症状を問診票に記載しなければならないと認識することを期待できたか否かにつき検討するに、先に認定のとおり、第一回目の予防接種の三日前の昭和六〇年一一月八日(金曜日)に「インフルエンザ予防接種のお知らせ」及び第一回目の問診票が担任教諭より原告春子に配布され、本件予防接種の三日前の同年一一月一五日(金曜日)に第二回目の問診票が同様に配布された。そして、「インフルエンザ予防接種のお知らせ」には予防接種を受けてはいけない人として特異体質の人(特に鶏卵に対するアレルギー反応を起こす人)を挙げるほか、問診票記載の注意事項として必ず保護者が問診票に記入することを挙げるのみでそれ以外に特段の注意事項はなかった。また、問診票の体裁をみるに、第一回目の問診票には接種当日の体温のほか、「今、なにかの病気にかかっていますか」(かかっている場合は病名の記入欄がある。)、「今までに、特異体質とお医者さんにいわれたことがありますか。特に、卵を食べて発熱、発疹、ぜんそく、下痢、おう吐を起こしたことがありますか。」、「その他健康状態について、特に気づいたことがあれば書いてください」(記載できるように空欄が設けられている。)といった問診事項があり、第二回目の問診票には第一回目同様接種当日の体温のほか、「前回の予防接種を受けた後で、なにかの病気にかかりましたか。」(かかった場合は病名の記入欄がある。)、「前回の予防接種を受けた後で、接種部位がひどくはれたり、高い熱がでましたか。」との問診事項があり、原告太郎及び同花子はこれらの問診票に体温はそれぞれ三六度二分、三六度三分と記入するほかは特に異常のない旨の記載をし、その際原告春子に対し体調を積極的に聞くということはしなかった。

一方、原告春子は同年春頃、アレルギー性鼻炎に罹患しており(しかし鼻が詰まっていたり、くしゃみをする程度で、本件証拠をもってしても通院の事実は認められない。)、前に認定したように喉の痛みについては高槻小学校の朝の点呼の際に実施される健康観察において、別紙一のとおり訴えていた。

右事実を前提に検討すると、まずアレルギー性鼻炎については前記のとおり「インフルエンザ予防接種のお知らせ」や問診票(第一回目)には特異体質として特にいわゆる卵アレルギーについて注意喚起しているのみで、アレルギー性鼻炎がこれに該当するか否かは専門の医学的知識があるとは認められない原告太郎及び同花子には判断できるとは認められない。また、アレルギー性鼻炎の症状として前記のとおりくしゃみをする、鼻が詰まるといった程度で、通院の事実も認められない以上、「何かの病気にかかっている」として問診票に記載することも期待できない(この点は第一回目及び本件予防接種に共通して言えることである。)。これに対し、「その他健康状態について特に気づいたこと」としては確かに記載することが期待できないものとはいえないが、その場合でも、「最新版予防接種読本」(昭和五八年発行)によれば、予防接種を延期する場合としてアレルギー体質が挙げられているものの、その説明として、卵アレルギーのはっきりしている子へのインフルエンザ予防接種は見合わせることがあるが、ワクチンに含まれている成分に対して激しい症状のアレルギーが起こった経験のある場合以外はあまり問題にならない旨の記載があり、「新・予防接種の手帖」(昭和五三年発行)には「これらの人(アレルギー体質の人)のすべてが、予防接種を受けていないわけではありません。卵にアレルギーの子は、卵を使って作ったワクチン(たとえばインフルエンザワクチン)はさけるべきですが、ただ単に湿しんができやすいとか、ぜんそくがあるなどという場合はまず問題とはなりません。」との記載があり、原告春子の接種時に予診を担当した築城医師は原告春子の右アレルギー性鼻炎について、「学校の健康観察では特に症状が記載されていないこと、本件接種時には半年以上も経過していることから考えて、接種の可否を左右するほどのことではないように思います。」と供述している。これらの事実に照らすと、問診票にアレルギー性鼻炎の記載がされたとしても接種を実施した可能性を否定することはできない。してみると、原告春子がアレルギー性鼻炎に罹患していることを問診票に記載しなかったことをもって過失と認めることができない(先に認定した生後間もなく罹患した顔面湿疹についても問診票への記載の対象となり得るが、これについても右と同様に考える。)。

次に、喉の痛みについて検討すると、原告春子は、学校において、第一回予防接種の一週間前からほぼ連日のように喉の痛みを訴え、本件予防接種後も連日同様の訴えをしていたのであるから、原告太郎及び同花子が、原告春子の保護者として同原告の健康状態について通常の注意を怠らなかったとすれば、当然右症状に気付いてしかるべきであり、右症状を第一回ないし本件予防接種の際の問診票に記載することは決して困難なことではないし、かかる記載を期待できたと認められる。また、本件予防接種の予診を担当した築城医師は「問診票に少しでも異常の記載がある場合や担任教諭からの体調不良の話がある場合には、副反応のことを考えて、原則として当日の接種は見送り、かかりつけ医のところで受けるように指導していました。」、「これらの症状が判明していれば、私の場合、当時の判断としては、安全志向から接種を見送っただろうと思います。」と供述し(第一回目の予防接種においても同様であったと考えられる。)、現実に前記のとおり第一回目、第二回目の予防接種とも四〇人内外という決して少なくない人数の児童が接種見送りとなっている事実からすれば、問診票に喉の痛みの記載があれば、接種は見送られたであろうと認められる。よって、子供の健康状態を最も把握していることが期待される右原告らが、原告春子の喉の痛みを看過し、少なくとも第一回目の問診票の「その他健康状態について、特に気づいたこと」の欄にかかる喉の痛みを記載しなかった点で過失があるといわざるを得ない。よって、本件損害賠償額の算定に当たっては、原告太郎及び同花子の右過失を被害者(同原告ら自身の請求につき)ないし被害者側(原告春子の請求につき)の過失としてしん酌するのが相当である。もっとも、前認定の保護者への通知の内容及び問診票の体裁からして、必ずしも子供の健康状態に不安がある時は、当日の接種を回避し、後日開業医の下で接種を受けられるとの認識があったとは認められないことや、子供の健康を願って予防接種を受けさせようと考える両親の心理も併せ考慮すると、原告らの損害にそれぞれ五パーセントの割合による過失相殺をするにとどめるのが相当である(第一回目の予防接種が見送られれば、本件予防接種が見送られる関係にあると認められるので、第一回目の問診票への不記載を過失相殺の対象となし得るものと考える。)。

そうすると、損害額は原告春子につき金七九二七万一二六二円、原告太郎及び同花子については金四七五万円となる。

なお、《証拠略》には「かぜのひき始めのときも中止します。」との記載があり、「予防接種」(昭和五四年発行)には「カゼ」でも発症したばかりの時は、どのように悪化するかもわからないので、予防接種は延期したほうがよいし、逆になおってきて「少し咳が残っている」、「まだ鼻水が少し出る」という程度の場合はあまり心配ない旨の記載があり、本件喉の痛みがかぜのひき始めといえるか疑問ではあるが、前記接種見送りの児童数からも窺えるように、本件予防接種においては問診票に少しでも異常記載があれば接種を見送る場合が多かったものと認められるのであり、右証拠をもってしてもなお右認定を覆すに足りないと言うべきである。

6  損益相殺(抗弁2)

弁論の全趣旨によれば、原告らが本件予防接種による副反応事故に起因して予防接種法、特別児童扶養手当等の支給に関する法律に基づき、別紙二記載の各給付を受けたことが認められ、これらの各給付はいずれも本訴請求にかかる逸失利益ないし介護費と同一の性質を有し、相互補完の関係にあるから、これを原告春子の損害額(逸失利益及び介護費)から損益相殺として控除するのが相当である。

そうすると、原告春子の損害残額は金五八七四万二六一二円となる。

(計算式)

七九二七万一二六二円-二〇五二万八六五〇円=五八七四万二六一二円

これに対し、原告らはまず特別児童扶養手当及び障害児福祉手当に関し、その根拠となる特別児童扶養手当等の支給に関する法律によれば、右手当の受給権者が父母又はこれと同視し得る監護者とされ、障害者とされておらず、障害児本人が受けるべき損害賠償とは性質を異にし、また同法には損害賠償との調整に関する規定はなく、よって損害賠償との調整を全く予定していないことを理由に損益相殺の対象にならないと主張する。しかし、右手当受給の趣旨は障害児の生活の向上に寄与することにあると考えられ、その性質はとりわけ介護料と同一の性質を有し、いわば介護料を補完する関係にあると考えられるので、損害賠償との調整規定の有無に関わりなく、これを損益相殺の対象とするのが、損害の公平な分担という損益相殺の趣旨に適うと解される(なお、予防接種法施行令六条五項によれば、特別児童扶養手当又は障害児福祉手当が支給されるときは障害児養育年金の受給額は右受給額を控除した額である旨規定しており、これらは同一の性質を有するとの理解を前提としていると解される。)。よって、原告らの右主張は理由がない。

次に、原告らは障害児養育年金に関し、予防接種法一四条によれば損害賠償との調整は任意的なものとされ、損益相殺を認めると調整を判決で強制することになり妥当でない旨主張する。しかしながら、被告が損益相殺を主張すること自体実質的には損害賠償との調整を求めるものであり、これを認めても何ら判決で調整を強制することになるとはいえず、右主張は理由がない。

7  弁護士費用

本件訴訟の弁護士費用は、本件訴訟の経緯、事案の難易、その認容額その他諸般の事情を考慮すると、右金額の五パーセントに当たる金額をもって、本件事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

とすると、弁護士費用は原告春子の関係では金二九三万円、原告太郎及び同花子との関係においては、各金二三万円となる。

四  以上を総合すれば、被告はその公権力の行使に当たる公務員である接種担当者の前記過失により右損害を与えたのであるから、国家賠償法一条に基づき、原告春子に対し金六一六七万二六一二円の、原告太郎及び同花子それぞれに対して各金四九八万円の損害賠償義務があると言うべきである。

五  結論

以上の事実によれば、原告らの本訴請求は、原告春子に対し金六一六七万二六一二円、原告太郎及び同花子に対し各金四九八万円、並びに、これらに対する本件予防接種の日である昭和六〇年一一月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用し、仮執行の免脱宣言は相当でないのでこれを却下することとして、主文のとおり判決する(平成九年一一月二八日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 堂薗守正 裁判官 青木 亮 裁判官 上田洋幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例